自分のライフキャリアに満足できるかどうかは、あくまでも
その人の価値観次第だから、良し悪しは一つのモノサシでは
測れない、と言われている。
そうは言っても、「お金と筋肉と友達は必須条件」という言葉を、
ある人生の先輩から聞いた。
特に、仕事を離れてからは、自分にどのくらいのお金があって、
行動範囲を決める筋肉(体力)があって、
楽しい時間を共有する友達がいるかどうか?
それで、老後の生活は大きく違う。とのこと。
やっぱり、果てしないお金持ちじゃないと・・とか、
では、何らかの障がいを持っている人はどうするんだ!とか、
そういう意見もあるかもしれないが、
あくまでも、それらのものをどう捉えるか?ということと、
私は解釈した。
つまり、自分が楽しむためにどのくらいのお金が必要か?
あるいは、手元にあるお金を有意義に使うにはどうするか?を
考えて行動する。
そして、筋肉に関しては、年齢を重ねることで衰えることは
あらがえないが、日頃から(若い時から)日々の生活スタイルに
留意することで、適度に保つことは可能だろう。
この2つは、心がけ次第で備えることができる。
最後の、友達はどうだろうか。
以前、就職活動中の大学生のキャリアカウンセリングで、
「大学生活で最も熱心に取り組んだこと」を尋ねたら、
「在学中に1000人の友達を作ったことです」と答えた
学生がいた。
内心、「友達100人できるかな!の小学生か?」と
突っ込みを入れたくなった覚えがある。
その学生に詳しく話を聞いたところ、その1000人の中には、
飲み会で1回一緒になったことがあるだけの人も含まれるようだ。
ただ、携帯電話の番号を交換しているから、何かあったら連絡が
取れるというつながりはあるらしい。
つまり、彼にとっての友達には、“知っている人”も入っている。
そのことに細かく指摘は入れないが、私は、友達とは、
付き合い方の内容の方が重要だと思っている。
つまり、お金、筋肉に続く、友達は、
気の置けない仲の付き合いができる人がいるか?
ということだろう。
「友人」というなんとなくよそよそしさを残した表現ではなく、
「友達」という気さくな表現がそれを示していると思う。
それゆえ、たとえ1人でも気を許せて、
耳の痛いことも言い合える友達がいれば幸せだろう。
ただ、こればかりは「勉強するぞ!」と同じような意気込みで
「友達作るぞ!」と掛け声をかければできるものではない。
人と関わろうという気持ちと同じくらいに、
この人と関わりたいな、と思われるような魅力も
磨かないといけない。
要は、老後のために必死に備えるということではなく、
日頃から、お金や健康にもちょっと気を付けて、人との関わりを
意識していることの積み重ねが、結果的に、必須条件を
備えていくんだろうと思う。